こんにちは、kokokakuです。
今回の【究極の“待つ”子育てシリーズ】は、少し趣が違います。
というのもテーマの『片付け』は、“子どもさん” そのものではなく、“片付けられないママ”の片付けについてだからです。
ですが、『子育て中のママの気持ちが楽になること』というコンセプトにズレはないので、あえてこのテーマを選びました。
いつもきれいで素敵なおうち、憧れますよね。
とはいえ現実そうはいかない、というおうちもあると思います。
というわけで今日は、家事や片付けがゴタゴタになってしまって・・・という方向けの記事になりますので、「あ、関係ない」と思われたらそっとページを閉じて下さいませ~。
片付けできなくてもダメじゃない
「私、主婦として全然だめなんです」
というママが複数いらっしゃいます。
「どうしてそう思われるのですか?」
と聞くと、
「子どもに振り回されてばかりでいつも片付けないと、と思っているのに部屋は散らかりっぱなしで、家事もごたごたで」
などの答え。
「子どもにはママを思い通りにしたい欲求のようなものがありますからね。
その欲求が通る余地がママにあるのかどうか、子どもにはわかるんですよ。
〇〇さんはその欲求や子どもさんの気持ちを切り離せず、できるだけ受け止めてあげたいという思いがありますよね。
実はそれ、子どもさんの自尊感情の芽を摘まないためにとても大切なことだと思ってます。
でも欲求の盛んな子どもさんと1日中一緒だとママは何もできない。
本当に大変なんですよね」
これは、クライアントのママさんを励ますためだけの言葉ではありません。
クマノミくんというわが子の気質や個性、意志と向き合いながらの子育てで心底実感している言葉です。
「片付けできない=ダメ」意識
片付けができない=ダメ
その気持ち、私もよくわかります。
だって私こそ、子どものイヤイヤ期あたりから、めっぽう家事や片付けがゴタゴタで、物で溢れる空間で過ごしていますので。
以前この記事を投稿した際はまだ私の中にも片付けができない自分を否定する自分が残っていました。
そして、この記事にいただいたPマンさん id:tennensui-77 のコメントがやたらと嬉しくて、気持ちが軽~くなったことをよく覚えています。
ありがとうございました!!
もしも〇〇だったら
『もしもボックス』で
「適度に散らかった家が高評価される世界~」
になったら片付けが困難な子育て期のママの負担はどれくらい軽くなるだろう。
もちろん『片付け上手』や『収納上手』に憧れたり、評価されるのはそのままで良いんです。
でもそれと同じくらい『適度に散らかった家』の方も高評価される世界になったら、片付けに追われず、子どもの欲求や要求にもう少し楽な気持ちで向き合えたりしないかなぁ、と。
適度な散らかり具合に賞賛のコメントが寄せられるとか(〃艸〃)・・・。
例えばテレビでも、
『ご覧ください、この部屋中に見事に広げられたおもちゃや工作の数々。
ママはこれから夕食の支度で大忙し。
お子さんたちは片付けしないで遊んでいますね。
夕食を食べたら食器洗い。
片付ける時間なんてないのに、子どもさんはママ、かまって遊んでコール。
なんとママは仕方なく片付けより子どもさんの遊び相手をすることにしました!
子どもさん、嬉しそうですね。
遊びが終わるとママはもうクタクタです。
そんな毎日、片付けに憧れながらもできなかった結果のこのお部屋。
価値ある散らかり具合とはまさにこのことですね』
なんて番組があったらいいのになぁ。
無いか。
散らかりを高評価する人がいた
Pマンさんの他にも生活感のある部屋、好きな人がいます。
それはうちの息子クマノミくんです。
「片付いていない方が好き!安心する!」
「片付けするママ好きじゃない!」
ってずっと言ってきました。
いやいやそれではママが困るんだよヽ(`Д´)ノ
結局片付けるのはママだし、片付いてないとみっともない、恥ずかしい思いをするのもママなんだから。
そんな方やそんなお子さん、いらっしゃいますか?
アンミニマリストなわが子
しかもクマノミくん。
幼い頃から自分に関する一切のものを捨てることを嫌がってきました。
「○○は?」
とママに聞いて、無かったら大泣きのイヤイヤ期。
おもちゃの箱さえも絶対に捨てさせない徹底ぶりです。
片付かないけど尊重するしかありません。
捨てたい理由なんて、私の都合でしかないのですから(´;ω;`)
案の定、ちっとも片付くヒマがありません。
当時とっていた新聞で、クマノミくんに頼まれて一緒につくった新聞工作も、もりもり増えていきます(→現存)
クマノミ氏の片付けの習慣はついていません。
言葉かけやきっかけ探しなど、できる工夫はしましたが、誘導やコントロールになる働きかけでない限り、クマノミくんの場合は「しない」意志固し!です。
物が多いから片付かない、はもうわかってる
「片付かない家の特徴=物が多い、捨てられない」
これはもう耳たこレベルですよね。
だから物を捨てる(手放す)が必要。
そう、その通りなんです!
だから、捨てる(手放す)ものを選別し、物を減らすのです。
じゃあ、それは誰がやる?
家事は片付けだけじゃあありません。
家事・片付けに時間を割けば、その分子どもの欲求・要求は負担になるし、
子どもも満たされない分欲求・要求上乗せの悪循環。
ここが大きな分かれ道だな、と思います。
片付けはできるのか? 現実的に困難なのか?
もともとの物の量が1段階から10段階まであったとします。
低段階くらいまでだったら、子育てしながら捨てる・手放す作業も、イライラせずに、子どもに負担をかけずにできるかもしれません。
しかし、5段階、6段階、7段階・・・とすでに大量のものがある場合は、捨てる・手放す作業に子どもとの時間をかなり犠牲にしなければできません。
例外はあります。
- 引っ越しでの否応なしの荷造りによって物が減る。
- 子どもさんがパパと遊んでくれて、ママの片付け時間がたっぷり確保できる。
- イケハヤさんのように、だんなさまが片付け上手でやってくれてしまう夫婦。
羨ましすぎる・・・。
だけど、現実的にそれがかなわない家庭だってたくさんあります。
子どもさんが低年齢や家庭育児で常に「ママ、ママ」な子どもさんと一緒のママにとって、
「捨てるものを選ぶ作業」自体がどれほど大変か!!
「物をためたツケだろう」なんて言われても、今は聞かないでいいです。
現状を理想に近づけるのは、『その時』がきてからでいいんです。
ある年齢までの子どもさんの中には、ママが買い物から帰って、買ってきたものをしまい、料理をして、食事して、片付けする・・・
その時間と意識を自分との遊びやスキンシップにあててほしい(言語化・意識化はあまりされていない)子がけっこういるのです。
突きつけられるその欲求に向き合えば向き合うほど、ママ(パパも)は精神的に追い込まれるのですから。
散らかっているのは悪影響?
探し物が見つからない。
動線や効率が悪く無駄が多い。
人を招けない。
などの問題はあるでしょう。
しかし、調べたことや経験から、衛生と安全さえ確保していれば大丈夫。
散らかりが原因でイライラするというのは別問題。
そのイライラの出所は、意外と別のところにあるのです。
子どもに振り回されるママは 子育て下手?
子どもの要求に振り回されるママは、決して子育て下手ではありません。
家事や片付けがままならないほど子どもさんと関わっているママは立派です。
子どもは親(特に母親)を自分の思い通りにしたいという欲求を持った存在です。
それが本当の子どもらしい自然な姿です。
女性は、とか主婦は、家をいつもきれいにしておくもの。
それが優秀。
それができないのは〇〇だ。
そういう価値観は、子育て中のママに押し付けるものであってほしくないし、それに縛られないようにしたい。
そう思います。
もし片付いている家をだんなさんが望むのなら、イケハヤさんのように、自分でやることだってできるのですし。
放てば手に満てり
よし!自分基準(軸)で、今何が一番大切か感じてみよう。
自分が生んだこの子が、今何を一番必要としているか感じてみよう。
その結果私は、
物が多い時点で、即きれいなおうち生活は無理!
「おうちをきれいにするのは憧れで、今執着することではない」
「捨てる(手放す)ものを選ぶのはまだ先。もしくはよほどチャンスがあったら」
「たまにチャンス到来!片付けフィーバーが起こる時がくる。そうでない時はその時ではない、ということを自覚する」
というふうに『片付け欲求』を断捨離しました。
放てば手に満てり=こだわり(とらわれ)を手放したら豊かさが満ちてくる。
という言葉があるように、片付いていなくても、そこにとらわれがなければイライラしません。
ある意味、これも“待つ”子育てのひとつと私は捉えています。
おわりに
そりゃあ、お金はあったほうがいい。
そりゃあ、おうちは片付いて素敵にできるといい。
心の中も豊かさで満たされているのがいい。
いつかバランスが整うといい。
“今”でなくていい。
お金や片付けのアドバイスはできませんが、唯一、
「子どもの欲求・要求と向き合うことはママの心に本質的な豊かさをもたらす」
ということは言えます。
さいごまでお読みくださりありがとうございました。